社長が出勤簿に住み始めた
ビル「本日より、僕は休まない! 社員が帰っても会社を守る!」
ボブ「そう言う目がもう眠そうだぞ」
エビー「社長の残業を英雄譚にしてどうするの?」
ビル「人手不足のニュースを見た。誰かが穴を埋めないと会社は倒れる」
ボブ「『誰か』が全部君になるなら、君が倒れたとき誰が埋めるんだ」
ビル「第二の僕を採用する」
エビー「求人票に『第一の僕と同じ性格』って書かないでね」
出社したビルの手には大きな寝袋があった。元証券マンとして働き抜いた経験があるため、疲労を努力の証明に変えてしまう癖がある。医者のボブが心配したのは睡眠の質だけではない。疲れたまま契約の条件を読み、期限を判断していることだった。
ボブ「大事な契約の確認は、頭がはっきりしているときにした方がいい」
ビル「慣れれば眠いままでも読める」
エビー「読み間違いに慣れても困るわ」

眠いまま契約書、読んでました
ビル「僕が頑張っている姿を見れば、社員も奮起する」
エビー「むしろ『帰りづらい』と思う人もいるんじゃない?」
ビル「僕の美談が、みんなのプレッシャーになるのか」
人が足りないという数字
東京商工リサーチが2026年11月6日に公表した調査では、2026年10月の人手不足関連倒産は50件だった。1月から10月の累計は418件で、年間最多だった前年の398件を超えた。分類の中には求人難だけでなく、人件費高騰などに関わる倒産も含まれる。対象は一定の負債額以上の倒産であり、すべての企業が同じ理由で経営難になるという意味ではない。

ビル「五十件。僕が会社に泊まる理由として十分だろう」
ボブ「その会社ごとの事情と、うちの仕事の詰まり方は違う」
エビー「人手が足りないという言葉の中にも、採用できない、仕事が偏る、無理な価格で受けるなど、別の問題があるわね」
ビル「でも忙しいんだ。今もメールが山ほどある」
ボブ「そのうち、社長が返す必要のないメールは?」
ビル「開いてみなければ分からない」
エビー「全部開いて、全部自分で返すから眠れないのかもしれないわ」
寝袋の脇で仕事内容を分ける
ボブは寝袋の横に付箋を並べ始めた。決裁が必要なこと、事実確認だけでよいこと、専門の担当者に任せた方がよいこと。ビルは不服そうだった。
ビル「任せると、僕がいらなくなる」
ボブ「任せたらいらなくなる仕事と、社長にしかできない判断は違う」
エビー「仕事を抱えていることが、会社に必要とされている証になっているのね」
ビル「必要とされたいのは経営者として普通だと思う」
エビー「でも誰かの困りごとを自分が全部背負って、頼られる回数を増やすのは別よ」
ビルは反射的に付箋を取り返した。自分の仕事を減らされることが、まるで存在意義を削られるように感じたのだ。
博士の問いは労働時間ではなく依存先
そこへシルクワーク博士が現れ、寝袋を見て首を傾げた。
博士「ここは事務所だと思っていたが、宿泊施設になったのかね」
ビル「社員を守るため、社長が会社に常駐します」
博士「君が体調を崩したら、誰が社員を守る?」
ビル「そのときは……」
博士「答えを用意できないなら、寝袋より先に仕事の引き継ぎを考えよう」
博士は、ビルが一人で抱える業務を見た。顧客の質問、見積もりの確認、支払承認、書類の整理。どれも大切だが、全部を同じ緊急度で扱う必要はない。
博士「人を採れば解決する仕事と、仕事の仕組みを変えなければ増員しても残る仕事を分けることだ。忙しいから増員、だけでは採った人にも混乱を渡す」

ボブ「現場の作業を知る人に、詰まる工程を聞いた方が早そうだ」
博士「そうだね。『忙しいか』だけでなく『どの作業が何を待って止まるのか』を尋ねる。社長の承認待ちが多ければ、承認の仕組みを見直す余地がある」
エビー「忙しさを美徳にせず、負担の集中を見る」
博士「そして、働く人の休息を社長の善意だけに頼らない。社長が率先して休まず働けば、それを暗黙の基準と受け取る人もいる。休める運営を設計する責任があるのだよ」

休むことも、運営の設計のうちです
ビルが言えなかったこと
ビル「実は、会社を離れると不安なんです。メールが届いていないか、失注が起きていないか、社員に僕が頼りないと思われないか。休んでいる間に会社から忘れられそうで」
エビー「休めないのは仕事が山ほどあるだけじゃなくて、心が会社に縛られていたからね」
ボブ「医療なら、休息を無駄な時間と決めつけない。経営にも、疲労を軽く扱わない視点は必要だ」
博士「君の不安を責めるつもりはない。ただ、会社を一人の体力に依存させる経営は脆い。社員を大切にするなら、社長がいなくても仕事が進むようにすることが、遠回りに見えて重要な投資だ」
ビル「僕が休むことが、社員への責任の一部になるのか」
博士「少なくとも、判断を誤らない状態を整えることは責任の一つだろう」
人に頼ることの難しさ
翌日の打ち合わせで、ビルは担当者に仕事を渡す準備をした。だが説明がうまくいかない。
ビル「この仕事は僕なら感覚で分かる」
エビー「その感覚を、相手が読める言葉にしないと」
ボブ「判断基準と確認が必要な例外を書こう」
博士「任せるとは、放り投げることではない。目的と責任範囲を伝え、相談できる道筋を残す。最初から完璧に任せようとせず、任せた後に困ることを聞き直すことだ」
ビル「手順を書く時間も惜しい」
博士「ならばなおさら、何度も同じ確認をする負担を考えてみよう。仕事を手放す準備を仕事として扱うのだよ」
エビー「社長がいつでも返事しないと動けない仕組みは、社長だけでなく社員の時間も奪うわね」
ビル「僕への愛が仕事を止めていたとは」
ボブ「愛ではなく、承認待ちだ」
オチは新しい募集要項
ビルは寝袋を片付けて求人票を作り直した。
ビル「職種名は『社長の代わりに休む人』」
ボブ「休むことを外注するな」
エビー「ビル自身が休まないと意味がないのよ」
博士「新しい人に何を任せるか、具体的な仕事から考えよう」
ビル「じゃあ『社長の代わりに寝袋を使う人』」
ボブ「それは泊まり込み求人だろう!」
エビー「今すぐ寝袋を持って帰って」

寝袋は会社の備品にしないでね
人手不足を聞いて自分が働く時間を伸ばすだけでは、会社が社長一人に頼る度合いが増えてしまう。忙しい仕事の詰まり方を調べ、必要な人員や手順を整えること。そして休息を罪悪感と結びつけないこと。責任ある判断は、疲れた社長の根性だけでは守れない。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、成人では6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保することを示しています。
出典
東京商工リサーチ「『人手不足』関連倒産動向(2026年10月)」(2026年11月6日公表)
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