AIが書いた社長挨拶に存在しない受賞歴が載っていた

拍手が来る前に止められた挨拶

ビル「皆さま、当社は世界的に栄誉ある賞を受賞し……」

ボブ「待って。その賞は何?」

ビル「スピーチの原稿に書いてある」

エビー「誰が書いたの?」

ビル「AIだよ。華やかにしてと頼んだ」

ボブ「本当に受賞したのか?」

ビル「そんなに細かいこと聞くなよ。会場の空気が冷める」

エビー「受賞歴は雰囲気じゃなく事実でしょう」

エビー

受賞歴は雰囲気じゃなく事実

表彰式ではない普通の社内イベントで、元証券マンのビルは力強い挨拶を用意したかった。生成AIに「人々が感動するように」と頼むと、立派な文章が返ってきた。そこには実在を確認していない賞の名前まで入っていた。ビルは高揚し、その原稿を確かめずに読み始めたのだ。

ボブ「医者なら、検査していない患者に『検査で健康だと判明した』とは言わない」

ビル「僕は検査したんじゃない。AIが書いたんだ」

エビー「書いた人が違っても、口にするのはあなたよ」

演出と捏造の境界

ビルは会場のスタッフに頼んで、急きょ金色の紙でトロフィーの模型を作った。

ボブ「ますます事実のように見えるぞ」

ビル「このほうが盛り上がる」

エビー「賞を受けたことがないなら、受けたように飾る理由はないわ」

ビル「確かに、社員は『いつ受賞したの』と聞くだろう」

ボブ「そこで困るのは広報だけじゃない。会社を信じて話を聞いた人もだ」

ビル「でも地味な経歴しかないように見えたら恥ずかしい」

エビーが「地味な経歴」と書かれたメモを裏返すと、そこには実際の仕事が列挙されていた。顧客から繰り返し相談されたこと、苦労して改善した仕組み、社内で支え合った経験。どれも大きな賞ではないが、本人が確かめられる出来事だった。

エビー「ここに書いてあることを話せばいいじゃない」

ビル「世界的な受賞に比べれば小さい」

ボブ「小さい事実より大きい嘘を選ぶのか」

ビル「そう言われると恥ずかしいな」

博士の赤ペン

シルクワーク博士は原稿を三色のペンで見直した。自社で確認できる事実、社長個人の意見、裏付けのない主張。それぞれに印を付ける。

博士「ビル君。人を励ますための比喩は使える。しかし架空の受賞歴を事実として読み上げてはいけない。文章の美しさと事実の正しさを分けるのだよ」

ビル「AIが自信満々に書いていたんです」

博士「文章にためらいがないことは、その内容の保証ではない。生成AIの利用では、人による確認と適切な管理が重要だと考えられている。公的なガイドラインも、利用する側が責任を果たすことを免除するものではない」

発信前に分ける3種類

ボブ「賞の正式名称、主催者、受賞時期。そこを社内の記録と照らすべきですね」

博士「そうだ。実績だけでなく数値、引用、制度や固有名詞なども、必要に応じて一次情報で確認する。確認できないものは削除するか、未確認だと扱う」

シルクワーク博士

数値も引用も、一次情報で確認を

エビー「そして原稿を公表する前に、担当者が質問できる時間を残す」

博士「そのとおり。『社長が作った原稿だから誰も口を出せない』状態は危険だよ」

ビル「AIより社員のチェックを信じろということですか」

博士「どちらが偉いかという話ではない。使える道具を使い、最終的に公表する内容の正確さを確認しようということだ」

何がそんなに怖かったのか

リハーサル後、ビルは会場の外でエビーに話した。

ビル「社長の挨拶って、毎回立派なことを言わなければいけない気がする。普通の成果しか話せない自分は、経営者としてつまらないと思われそうで」

エビー「誰かを感動させたい気持ちが、自分を飾らなければならないという重荷になっていたのね」

ボブ「正しい話を分かりやすく話すだけでも、聞く人の役に立つよ」

ビル「でも派手なほうが記憶に残る」

博士「派手な事実がないと話す価値がない、という考えを手放してごらん。実際にあった失敗と学びなら、聞く人が自分の仕事に引きつけられる」

ビル「失敗談を話すんですか?」

博士「そうだ。今朝の受賞歴の勘違いも、そのまま話せるかもしれない」

ビル「社長の失敗を公開するのは勇気が要るなあ」

エビー「架空のトロフィーを掲げるより勇気がいるかもね」

本番の原稿

ビルは受賞の一節を削り、「まだ分からないこともあるが、確かめながら仕事を続けたい」と書き直した。社員が原稿を読み、具体的な仕事の内容を少し足した。

ボブ「ずいぶん良くなった」

エビー「飾りが減った分、ビルの声になったわ」

博士「実際の経験を語るなら、その背景を知る社員も安心して聞けるだろう」

ところが本番直前、ビルは小声で言った。

ビル「受賞歴は消した。でも最後に『世界一誠実な社長』という肩書きをつけたい」

ボブ「それも誰が決めたんだ」

ビル「僕の心が」

エビー「心の中の表彰式は自由だけど、公式紹介には書かないでね」

博士「自分を励ます言葉と、公表する経歴は分けよう」

ビル「じゃあ金色の模型だけ舞台に置く」

ボブ「トロフィーを片付けろ!」

ボブ

トロフィーを片付けろ!

AIが生む文章は便利でも、そこに書かれた実績が現実になるわけではない。社長が立派に見られたい気持ちを持つほど、誤情報を華やかな演出として受け入れてしまうことがある。発信前に事実と意見を分け、確認できた内容だけを公表する。その地味な作業が企業の信用を支える。

地味な事実が、信用を支える

個人情報の取扱いのルールや相談先は、個人情報保護委員会が案内しています。働く人の心の不調や相談先については、厚生労働省の「こころの耳」に情報がまとめられています。

出典

経済産業省「AI事業者ガイドライン第1.2版」(2026年3月31日)

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