住宅価格が上がるのに売上目標だけ増やす社長――怒鳴る前に顧客の予算を聞く

営業会議のホワイトボードが真っ赤

ビル「住宅価格が上がっている。だから営業目標も上げよう!」

ボブ「『だから』の間が全部抜けてるぞ」

エビー「買う人の予算は?」

ビル「良い家には価値がある。情熱で伝えれば買ってもらえる」

ボブ「医者の立場から言うけど、情熱ではローンの審査は通らない」

ビル「その言葉は冷たすぎる」

エビー「現実は冷たくても、無視するともっと冷たくなるわ」

エビー

予算の話は、冷たくても必要よ

ビルは住宅販売の支援案件について、成果目標だけを大きく書き換えていた。商談記録には「予算が合わない」「支払いの見通しが立たない」という声が並ぶ。ところが元証券マンのビルは数字の目標を強く掲げればチームが奮起すると信じ、現場の説明より声量を上げてしまう。

ボブ「売れない理由を一つずつ見てみよう」

ビル「理由を見ると弱気になりそうだ」

エビー「それ、弱気になるのが怖くて、顧客の困りごとを聞かないってこと?」

ビル「僕は会社を引っ張る社長だ」

ボブ「引っ張る方向が見えていないと、社員を振り回すぞ」

木造住宅の事業者に起きていること

東京商工リサーチが2026年11月6日に公表した調査では、木造建築工事業の2026年1月から10月までの倒産は181件で、前年同期の101件を上回った。対象は負債1,000万円以上の倒産だ。同社は建築資材や地価の上昇、職人不足、住宅ローン金利上昇などを経営環境の要因として挙げている。

倒産181件は営業の成績ではない

ビル「こんなに厳しいなら、営業の人がもっと頑張らなければ」

エビー「だからこそ、どの条件が買い手にとって難しいのか調べたいのに」

ボブ「倒産した企業の件数は、営業一人ひとりの能力を示していない」

ビル「でも結果に責任を持つのは社長だ」

エビー「責任を持つことと、責任を現場に投げることは違うわ」

顧客の数字を聞くのが怖かった

ボブが商談記録を読み上げた。

ボブ「『希望する仕様はあるが、総額が予算に収まらない』。これは営業の声かけだけで解決できるかな」

ビル「仕様を変える提案があるかもしれない」

エビー「それなら、どこまで変えてよいかを本人に確かめないと」

ボブ「予算を聞かずに『もっと良い家を』と勧めても、決断できない人はいる」

ビル「予算を聞いて断られるのが嫌なんだ。希望額が低かったら、売れないことが確定するみたいで」

エビー「聞かないことで、断られる瞬間を先に延ばしていたのね」

ビル「そうかもしれない。目標を上げれば、しばらく希望を持てる」

医者のボブは、体調の相談でも相手の言葉を聞かずに「頑張れ」と言うだけでは役に立たないと指摘した。エビーは、顧客が欲しい住まいと支払える条件の間にある迷いを、営業が安心して持ち帰れるようにすべきだと話した。

ボブ「不都合な報告をした人が叱られるなら、商談記録はだんだん良い話だけになる」

ビル「そうなったら数字が見栄え良くなる」

エビー「見栄えだけで家は建たないわ」

博士の模型は小さくても意味がある

シルクワーク博士は会議室に置かれた家の模型を手に取った。

博士「この家を買う人は、何を優先しているのかな」

ビル「間取り、耐久性、価格……人によると思います」

博士「そうだろう。人によるという事実を、営業目標の掛け声で消してはいけない。顧客は自分の生活に大きく関わる判断をする。予算や支払方法の不安があるなら、それを正確に理解することが先だ」

ボブ「購入額と、購入後の維持費も別ですね」

博士「住まいの検討では購入時だけでなく、将来の支出にも目を向ける人がいるだろう。営業の役割は、相手に都合の悪い情報を隠すことではない」

ビル「厳しい条件を伝えたら、売れなくなるのでは?」

博士「売れない可能性はある。しかし条件を隠して契約を急がせれば、相手の判断を誤らせる危険がある。短期の受注だけを成功とする目標なら、信頼を損なうかもしれない」

シルクワーク博士

厳しい条件こそ、正確に伝えるのが営業の仕事です

エビー「顧客が選べない条件を知ることも、営業活動の成果の一部なのね」

博士「そういう考え方はある。商談から得た情報を、商品の設計や提案の仕方に反映させる。現場から得られる学びを、失注という一語で捨てないことだ」

博士はさらに、ビルの目標設定について尋ねた。

博士「なぜ目標を上げたのかな」

ビル「倒産が増えたという話を読んで、社員が不安になる前に強い数字を示したかった」

博士「強気な数字が必ずしも安心を生むとは限らない。達成のための前提と支援策を示せなければ、目標だけが重くなる。無理な目標は不正確な報告や過剰な約束につながる可能性もある」

目標を上げる前に聞くこと

ボブ「販売員が自分で変えられない市場の条件まで背負わないようにしたい」

博士「責任の範囲を明確にしよう。顧客を理解する努力は求められるが、買えない人を無理に買わせることは解決ではない」

社長の声が小さくなった理由

ビル「昔は大きな目標を掲げると自分が強くなった気がしたんです。いまは市場の変化が怖い。みんなに『大丈夫です』と言うため、数字だけを上げていた」

エビー「社員を励ましていたつもりで、自分を励ましていたのね」

ボブ「励ましが悪いわけじゃない。根拠なく目標を上げて、現場の話を止めるのが問題だ」

博士「勇気を持つことと、厳しい現実を聞くことは両立する。むしろ現実を聞ける方が強い。数字を上げる前に、何を改善できるかを現場と検討しよう」

ビル「今日の会議では、失注理由を報告した人を責めない」

エビー「そこを約束するだけでも空気は変わりそう」

ボブ「約束を守るかどうかは次の会議で分かるね」

模型を持っての最後の説教

ビルはホワイトボードの目標値を消し、条件を確認する欄に書き換えた。

ビル「お客さんの予算に合う提案を優先する。それで結果が出ないなら、商品構成も見直す」

博士「よいね。原因を決めつけず、判断材料を増やしていこう」

エビー「ちゃんと家の模型を返してね」

ビル「この模型を巨大にして、社屋にしようかな。強い会社に見える」

ボブ「また見た目を大きくする話か」

博士「模型は顧客の夢を考える道具にしよう」

ビル「社長の夢は?」

エビー「それは会議の外で考えて」

エビー

社長の夢は、会議の外でね

住宅価格や資金調達環境が変わると、買い手が選べる条件も変わる。営業の努力だけでは動かせない部分まで現場に背負わせず、顧客の予算と不安を理解することが必要だ。目標を大きく書く前に、売れなかった理由を安心して話せる会議をつくりたい。

経営の困りごとは、各都道府県の経営相談窓口であるよろず支援拠点でも相談できます。働く人の心の不調や相談先については、厚生労働省の「こころの耳」に情報がまとめられています。

出典

東京商工リサーチ「『ハウスメーカー』倒産動向(2026年1〜10月)」(2026年11月6日公表)

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