「相談先がない会社」は、問題が大きく育ってから気づきます
従業員のメンタル不調は、多くの場合、ある日突然に表面化するのではありません。本人が一人で抱え、上司も気づくのが遅れ、休職や退職という形で初めて会社が事態を知る。この流れを断つ仕組みのひとつが、EAP(従業員支援プログラム)です。
EAPは大企業だけのものではありません。小規模な会社でも導入できる形があり、公的な無料支援と組み合わせる設計も可能です。ここでは、EAPの仕組み、できることとできないこと、導入の考え方を、経営者向けに基礎から整理します。
従業員のメンタル不調に、経営者はどう向き合うかについては、詳しく紹介しています。
経営者のためのメンタルヘルスの基礎知識については、詳しく紹介しています。
この記事の要点
EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)とは、会社が外部の専門機関と契約し、従業員が仕事・家庭・心身の悩みを、会社に内容を知られずに相談できるようにする仕組みです。法定義務ではなく任意の導入で、費用は契約形態によって幅があります。相談内容は原則として会社へ報告されず、会社側が受け取るのは利用件数などの集計情報に限られるのが基本設計です。50人未満の事業場には、地域産業保健センターなど無料の公的支援もあり、EAPと役割が重なる部分と、異なる部分があります。
EAPとは何か:会社が買うのは「相談の入口」

EAPの基本形はシンプルです。会社が専門機関と契約し、従業員は電話、オンライン、対面などの方法で、その機関のカウンセラー等に相談します。相談のテーマはメンタルヘルスに限らず、職場の人間関係、家庭の問題、借金や介護といった生活上の悩みまで広く扱うサービスが多いのが特徴です。心の不調は、原因が仕事の外にあることも多いからです。
会社が費用を払い、従業員は無料で使う。会社に相談内容は伝わらない。この3点が、EAPの設計の核です。「上司には言えないが、誰かには話したい」というニーズに対して、組織の外に出口を用意する仕組みだと言えます。
なぜ「会社に伝わらない」ことが重要なのか
EAPの利用が進むかどうかは、この秘密保持の設計にかかっています。相談したことが上司や人事に知られるかもしれない、評価に響くかもしれない。そう感じた時点で、従業員は使いません。だからこそ、まともなEAPサービスは、会社への報告を「利用件数や年代などの統計情報」に限定し、個人が特定される情報は出さない設計を取ります。
導入時に経営者がすべきは、この設計を契約前に確認し、従業員への案内でも明確に伝えることです。「内容は会社に伝わりません」という一文と、その裏付けになる運用ルールが、利用率を決めます。形だけ置いて使われない窓口は、福利厚生ではなく飾りです。
EAPでできること、できないこと

できることの中心は、従業員本人の相談対応と、必要に応じた専門機関への橋渡しです。カウンセリングの提供、医療機関や公的窓口の案内、休職・復職に関わる相談の補助などが含まれます。サービスによっては、管理職向けの相談(部下への対応の相談)や、職場向けの研修、ストレスチェックの実施支援まで含まれることもあります。
一方、EAPは会社の労務問題そのものを解決する仕組みではありません。ハラスメントの事実認定、配置転換の決定、処遇の判断は会社の責任範囲であり、EAPに外注はできません。また、治療を行う場でもありません。状態に応じて医療につなぐことが役割であり、医療的な判断は医療機関の仕事です(従業員の症状の判断については医師へ相談して、という案内が基本になります)。
小規模な会社の現実解:公的支援とEAPの使い分け
従業員数が少ない会社では、EAPの契約費用が重く感じられるかもしれません。その場合は、まず無料の公的支援を知ることから始めてください。「経営者のためのメンタルヘルスの基礎知識。産業医・EAP・公的窓口の役割」の記事でも紹介しましたが、労働者数50人未満の事業場には、地域産業保健センター(地産保)が無料の産業保健サービスを提供しており、各都道府県の産業保健総合支援センターではメンタルヘルス対策の相談や研修を無料で受けられます。
公的支援は「産業保健の入口」として優秀ですが、従業員が日常的に使える相談窓口とは性格が異なります。会社の規模が大きくなってきた、相談の受け皿を常設したい、復職支援まで含めて体制を作りたい。そうした段階で、EAPの契約を検討するのが順序です。ストレスチェックの枠が2028年4月1日から50人未満の事業場にも義務化される予定であることも、体制づくりを前倒しする理由になります。
導入するときの確認点と、経営者の関わり方
導入を検討する際の確認点は、次の通りです。
- 相談方法(電話・オンライン・対面)と、対応時間・言語
- 会社への報告範囲(個人が特定されない設計か)
- 料金体系(従業員数に応じた月額か、利用ごとの従量か)と、契約期間・解約条件
- 緊急時や、医療機関へつなぐ場合の対応フロー
- 管理職向け相談や研修など、付帯サービスの範囲
そして導入後の経営者の仕事は、使うことの奨励です。朝礼や社内便りで繰り返し案内する、管理職が部下に勧められるよう説明する、そして何より、経営者自身が「相談を使うことは弱さではない」という姿勢を示すことです。「従業員のメンタル不調に、経営者はどう向き合うか」の記事でも紹介しましたが、窓口の有無と同じくらい、使うことへの心理的な許可が職場の空気を決めます。
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まとめ
EAPは、会社が費用を持ち、内容は会社に伝わらない形で、従業員に外部の相談入口を用意する仕組みです。任意の制度であり、義務ではありません。しかし、問題が休職や退職の形で表面化してから動く会社と、先に出口を用意している会社とでは、失うものの大きさが違います。小規模なうちは公的支援を知り、規模と必要に応じてEAPを足す。相談窓口は、従業員を守る仕組みであると同時に、会社を守る経営の備えです。備えは、問題が起きる前に置くから備えなのです。
相談について
「今日一日」では、従業員向け相談体制の作り方や、経営者自身の相談先についての相談をメールでも受け付けています(soudan@kyou-ichinichi.com)。医療的な判断や労務の断定を行う場ではありませんが、制度と選択肢を整理し、次の一手を一緒に考えることはできます。労務の個別判断については社会保険労務士へご確認ください。
出典・参考
- 労働安全衛生法(ストレスチェック制度。改正により労働者数50人未満の事業場は2028年4月1日から義務化予定)
- 厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」
- 産業保健総合支援センター/地域産業保健センターの案内(厚生労働省)
- 厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」


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