取引先へ『絶対安全』の誓約書を要求した社長

署名欄にある不可能な約束

ビル「取引先には、この誓約書に署名してもらおう。『将来にわたり一度もサイバー攻撃を受けません』」

ボブ「そんな未来を保証できる会社があるのか?」

エビー「攻撃されないことを約束させるより、もし何か起きた時の連絡を決めない?」

ビル「万一のことを考えたくない。約束してくれれば安心できる」

ボブ「安心のために、不可能な約束を取るのは危ないよ」

ボブ

不可能な約束を取るのは危ない

ビルは元証券マンの頃から、相手に強い確約を求めると交渉が進んだように感じる。今回は取引先のセキュリティに不安があり、簡単に「絶対安全」と言ってほしかった。だが取引先からは「何をどう確認すればよいか分からない」と返事が来た。

ビル「署名すればいいだけなのに」

エビー「相手には責任が生じる言葉よ。簡単に書けないわ」

ボブ「そもそもどんなデータを共有しているか、整理しているのか」

ビル「顧客情報と、納品の予定と、いくつかのファイル」

エビー「『いくつか』をはっきりさせましょうよ」

取引先が聞きたかったこと

取引先の担当者は、共有する情報の種類、アクセスできる人、緊急時の連絡先を確認したいと言っていた。ところがビルは「安全だと約束してくれればよい」と答えていた。

ボブ「相手は具体的に協力したいと言っているんだ」

ビル「協力の前に責任の所在を明らかにしたい」

エビー「その気持ちは大切。でも誓約書一枚で問題が起きた後の仕事はなくならないわ」

ビル「責任を相手に渡せれば、会社は守れると思った」

ボブ「自社の情報の管理責任まで消えるわけではない」

エビーは、取引先と自社の間にある連携を図にした。発注する時に渡すデータ、納品時に受け取るデータ、共同で使うツール。矢印が増えるほど、ビルの表情が硬くなる。

ビル「こんなに接点があるとは」

エビー「今までよく知らずに『絶対安全』と言わせようとしていたのね」

ボブ「問題の起きる場所を見つけることが、防止策を考える入口だよ」

博士の答えは一枚の誓約書ではなかった

シルクワーク博士は誓約書の文面を読み、何度か首を傾げた。

博士「ビル君、相手がこの約束に署名したら、何が変わると思う?」

ビル「うちの責任が軽くなります」

博士「問題が起きたときの対応まで不要になるかな」

ビル「……ならないですね」

博士「安全対策は、書面で言い切れば終わるものではない。扱う情報、接続するシステム、権限、運用の実態を確認し、必要な条件を協議することが大切だ」

誓約書では終わらない安全対策

ボブ「取引先の規模や役割によって、求められる対応も違いますね」

博士「そう。過度に一律な要求をしても、実際の対策に結びつかないことがある。自社の側で何を守り、相手に何をお願いするかを具体的にする必要がある」

エビー「相手が不安や不明点を伝えられる関係も大事ね」

博士「その通り。報告が遅れると被害が大きくなる可能性があるから、何か起きた時の連絡体制も検討しよう」

シルクワーク博士

何か起きた時の、連絡体制も

博士はIPAが公開する脆弱性などの情報について、一般的な注意を知る資料として扱うべきだと説明した。個別企業が安全であるかを、資料を読んだだけで保証することはできない。

ビル「つまり取引先へ『絶対安全』を要求する前に、自分たちの仕事を把握する」

博士「そうだね。自社側で必要な対策を講じつつ、相手と守るべき情報や作業を共有する。責任を投げ渡すのでなく、実際に機能する仕組みを作ることが重要だ」

強い言葉を欲しがった理由

帰り道、ビルはエビーに話した。

ビル「取引先の問題で自社に迷惑が及んだら、僕が見る目のない経営者だと責められる。だから何か起きても僕の責任じゃないと言える紙が欲しかった」

エビー「相手に責任を押しつけたいというより、自分への非難を怖がっていたのね」

ボブ「非難を防ぐために実務の確認を省けば、かえって危険が増える」

博士「問題を誰かのせいにする準備より、起きないようにする備えと、起きた時の対応を考えるべきだよ。契約の扱いは専門家の知見も使いなさい」

ビル「怖くても協議します。約束できる内容だけを、正確に書く」

誓約書の書き直し

ビルは取引先との確認事項をまとめ直した。連絡先、共有する情報、アクセスの条件、変更があったときの相談。ボブは読みやすいと評価した。

エビー「今回は『絶対』という言葉がないわね」

ビル「不可能な約束を押しつけたくないから」

博士「よい判断だ。安全は日々の運用で確かめることが重要だよ」

そのときビルが自分用の紙を取り出した。

ビル「私は、絶対に判断を間違えない経営者になることを誓います!」

ボブ「さっき言った不可能な約束を自分にしてどうする」

エビー「あなたにこそ『確認中』の欄が必要よ」

エビー

あなたにこそ『確認中』の欄が必要

博士「訂正する勇気を残しておこうね」

取引先の安全を考えるなら、強い誓約を取り付けるだけでは不十分だ。自社がどんな情報を共有し、どのように相手と接続しているかを知ること。経営者が責任追及への恐怖を手放し、対策と連絡の仕組みを整える方が実際のリスク低減につながる。

まず自社の接点を把握する

IPAは、中小企業の情報セキュリティ対策の情報を公開しています。働く人の心の不調や相談先については、厚生労働省の「こころの耳」に情報がまとめられています。

出典

IPA「2026年度重要なセキュリティ情報」(2026年11月2日更新)

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