面接室の水が減る
ビル「面接って、仲良くなれたら勝ちだろう。今日は僕が候補者の心をつかむ」
ボブ「会社が勝つ試合じゃないぞ」
エビー「候補者も働く場所を判断しに来るのよ」
ビル「だから質問を百個用意した。好きな芸能人、休日の過ごし方、恋愛の話……」
ボブ「仕事に必要な質問はどこにある?」
ビル「最後の方だ」
エビー「百個目の前に候補者が帰ってしまうわ」

百個の前に、候補者が帰っちゃう
元証券マンのビルは、初対面の相手と距離を縮めるのが得意だった。営業で使っていた雑談の引き出しを、採用面接でもそのまま開けようとしている。ソファの上には質問カードが積まれ、面接予定者の職歴を確認する資料は一枚しかない。
ボブ「医者の問診でも、関係のないことを好き勝手に聞いていいわけじゃない」
ビル「僕は相手を理解したいだけだよ」
エビー「理解するって、何でも知ることじゃないでしょう。仕事でどんな力を使うのか、どんな働き方を希望するのか、まずそこを確認したいわ」
ビル「でも仕事の話ばかりじゃ息苦しい」
ボブ「適度な雑談と、答えにくい私生活への詮索は違う」
候補者の椅子にエビーが座る
エビーは応募者役を買って出た。
ビル「休日に誰と会っていますか?」
エビー「仕事の説明を聞きに来ました」
ビル「結婚の予定は?」
エビー「会社の業務と、どう関係する質問ですか?」
ビル「……場を和ませるため」
エビー「それなら仕事の話で和ませてほしいわ」
ボブ「答えたくない質問が出ると、候補者は会社が自分をどんな基準で評価するのか分からなくなる」
ビル「僕は差別するつもりはなかった」
エビー「意図がなくても、相手が負担に感じる質問はあるわ。社長の意図だけが基準じゃない」
ビルは面接官として、相手を緊張させないことに自信があった。ところが自分が応募者になってみると、個人的な質問に答えないことで不採用になるのではと怖くなる。
ビル「今の僕なら、何でも答えるかもしれない。仕事が欲しかったら断れないもの」
ボブ「立場に差があることを忘れないでほしい」
エビー「だから面接官の質問には責任があるのね」
面接の目的を書き直す
三人は質問カードを分けた。業務上の経験を確かめる質問。勤務条件を相互に確認する質問。会社を説明するための話題。そして、仕事と関係がなく、答える必要のないもの。
ビル「削ったら質問カードが薄くなった」
ボブ「必要な内容が残ればいい」
エビー「会社側が話すべきことも増やしたい。業務内容、職場の状況、選考の流れは?」
ビル「それは候補者が質問してくれると思ってた」
ボブ「聞かれなければ説明しないのか?」
ビル「営業でいうと相手の関心に合わせる戦術なんだけど」
エビー「重要な条件は、相手が知らないまま選ばないようにしたい」
シルクワーク博士の席は向かい側
博士が面接室に入ったとき、ビルは候補者の椅子に座ったままだった。
博士「今日は応募者の気持ちを学んでいるのかな」
ビル「はい。僕が質問される側だと分かったら、急に私生活の質問が怖くなりました」
博士「よい気づきだね。選考は会社と応募者の双方にとって大切な判断だ。面接官は業務に必要な能力と条件を確かめ、候補者にも判断材料を渡す必要がある」
ボブ「雑談を全面禁止することとは違いますね」
博士「そうだ。ただし不必要に私生活へ踏み込み、答えを強いる形は避けよう。ハラスメント対策に関する公的な資料を踏まえ、職場で相談が必要になったときの体制も整えたい。面接官ごとに質問や評価が大きく変わるなら、基準を共有することも大切だ」

エビー「面接官が社長だと、誰も指摘しにくいでしょうね」
博士「だからこそ、社長自身が面接の目的を説明し、質問内容を見直せるようにするのだよ」
ビル「でも相手が本当のことを話しているか分からない」
博士「人の心を暴くことが採用ではない。仕事内容を説明し、それに関連する経験や考え方を尋ねる。その範囲で情報が足りないなら、具体的に確認すればよい」

人の心を暴くことが、採用ではありません
ボブ「医療の診察でも、必要な情報を聞く理由を伝えることがあります」
博士「そう。理由が明確なら、相手も答えるかどうか考えられる」
ビルが面接で求めていたもの
休憩時間、ビルは声を落とした。
ビル「採用した人に嫌われるのが怖いんです。だから面接から親友みたいになろうとしていました。仲良くなれば、入社後も僕についてきてくれるだろうって」
エビー「相手の仕事を選ぶ自由より、社長への好意を先に欲しがっていたのね」
ボブ「良い関係を築くなら、仕事の約束を守ることも必要だよ」
博士「友達になるかどうかを採用の基準にしなくてよい。社員として互いに敬意を持ち、相談できることの方が大切だ。社長は好かれるために条件を曖昧にしてはいけない」
ビル「候補者が『会社と合わない』と判断したら?」
博士「残念でも、それが選考の重要な成果になることもある。無理に合うふりをして入社すれば双方が苦労するだろう」
新しい質問カード
午後の模擬面接。ビルはまじめに尋ねた。
ビル「この業務に必要だと思う経験について、どんな準備をされていますか」
エビー「いい質問ね。会社側の説明も添えてね」
ボブ「候補者からの質問も受けよう」
博士「判断に必要な情報を交換できる面接にしたいね」
ビル「では最後に、ひとつだけ親睦の質問を」
エビー「内容によるわ」
ビル「社長と親友になれますか?」
ボブ「面接官の個人的な寂しさを審査項目にするな!」

寂しさを審査項目にしないで
博士「その質問カードは外しておこうか」
ビル「では社員になったあとに……」
エビー「仕事と友達は別だから!」
採用の面接は相手を好き勝手に知る場ではない。業務に必要なことを確かめ、条件を正確に伝え、応募者が選べる状態をつくる場だ。社長が好かれたい気持ちを質問の形にして持ち込むと、候補者の自由が狭くなる。

職場のハラスメント対策については、厚生労働省のあかるい職場応援団に、事業主が講ずべき措置や事例がまとめられています。働く人の心の不調や相談先については、厚生労働省の「こころの耳」に情報がまとめられています。
出典
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