経営者にできること、できないことを先に決める

従業員の様子がおかしい。経営者や管理職がそう気づいたとき、最初にやるべきは「何とかしてあげよう」と動くことではありません。自分の役割の範囲を決めることです。
従業員向け相談窓口(EAP)の基礎については、詳しく紹介しています。
経営者のためのメンタルヘルスの基礎知識については、詳しく紹介しています。
経営者は治療者ではありません。従業員の不調の原因を診断すること、回復の見通しを立てることは、経営者の仕事ではありません。経営者の仕事は三つだけです。変化に気づくこと、働き方の条件を整えること、専門家につなぐことです。この線が引けていないと、良かれと思った関わりが、本人の負担にも会社のリスクにもなります。
従業員のメンタル不調に対して経営者が担うのは、診断ではない。変化に気づくこと、働き方の条件を整えること、専門家につなぐことの三つである。
経営者が見るべきは「診断」ではなく「変化」

気づきの対象は、病名ではなく、以前との変化です。
- 遅刻や欠勤が増えた
- ミスや物忘れが目立つようになった
- 報告や相談が減り、抱え込むようになった
- 表情や声の張りが以前と違う
これらは「観察できる事実」です。ここまでが経営者の領域です。逆に、「うつなのではないか」「適応障害では」といった判断は、事実ではなく推測であり、口に出すべきものでもありません。気になる場合は医師に相談してください、と本人に勧めることはできても、病名を当てることは経営者の役割ではないのです。
声のかけ方は、事実と心配だけに絞る
変化に気づいたら、声かけは短く、事実ベースで行います。
「最近、遅刻が続いているね。何か困っていることはない?」――これで十分です。評価や叱責を挟まない、原因を追求しない、プライベートな事情を詮索しない。本人が話したくなければ、それ以上は踏み込まないことも配慮の一つです。
避けるべきは、「みんな頑張っている」「気の持ちようだ」といった励ましの形をした圧力と、「病院に行ったほうがいいのでは」と医療の判断を迫る言い方です。伝えるべきは「様子の変化に気づいている」「業務の調整は相談できる」「相談先がある」という三点に尽きます。
制度の土台は、すでに用意されている
従業員のメンタルヘルスには、経営者が一から作らなくてもよい制度の土台があります。
代表格が、労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度です。常時50人以上の労働者を使う事業場では、年1回の実施が義務づけられています。高ストレスと判定された労働者が申し出れば、医師による面接指導につなげる仕組みです。50人未満の事業場は現在は努力義務ですが、法改正により2028年4月からは義務化されることが決まっています。今のうちから土台を作っておく意味は大きいでしょう。
産業医のいない小規模な会社でも、使える公的な窓口があります。各都道府県の産業保健総合支援センター(さんぽセンター)では、メンタルヘルス対策の相談を無料で受け付けています。50人未満の事業場向けには、地域産業保健センターが、健康相談や職場巡視などの支援を無料で行っています。
また、厚生労働省の指針では、メンタルヘルスケアを「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内のスタッフによるケア」「事業場外の資源によるケア」の4つに分けています。
経営者が担うのは主にラインによるケア、つまり日常の気づきと業務配慮であり、専門的な部分は内外の資源に分担させる。という設計が公式の考え方でもあります。
休職と復職は、感情ではなく手順で進める
不調が深まり休職に至る場合、進め方の軸は二つです。本人の主治医の判断と、会社としての手順です。
「そろそろ戻れそうか」を経営者が本人に直接確かめる進め方は、回復を急がせる圧力になりがちで、避けるべきです。復職の可否は主治医や産業医の意見を土台にし、復職後の業務量や勤務形態は段階的に戻す。これが原則です。
もう一つ、休職中の連絡は「頻度と窓口を決めておく」ことが要ります。心配だからと頻繁に連絡すれば本人の休養を妨げ、まったく連絡しなければ孤立感を深めます。決めた頻度で、決めた担当者が、業務の話ではなく近況確認の範囲で連絡する。この運用の設計こそ経営者の仕事です。
小さい会社ほど、「起きてから」ではなく「先に決める」
従業員が50人に満たない会社では、制度の義務はまだ努力義務の段階です(義務化は2028年4月から)。けれども、不調そのものは会社の規模を選ばずに起きます。小さい会社で効くのは、大きな制度ではなく、次の三つを先に決めておくことです。
- 不調の相談を受けたら、誰が窓口になるか
- 業務の調整(勤務時間、担当替え)を、どの範囲まで現場で決めていいか
- さんぽセンターなど、外部の相談先の連絡先
不調が起きてから慌てて決めると、対応が担当者の善意と場当たりに依存します。先に型を決めておくこと自体が、ラインによるケアの実物です。
経営者自身も、ラインによるケアの対象である
最後に、見落とされがちな視点を一つ。従業員の不調に向き合う経営者自身の負荷です。相談を受け、調整に走り、他の従業員への説明に気を配る。この負担は小さくありません。経営者の相談相手がいない会社では、不調への対応そのものが次の不調の種になります。
だから、従業員向けの相談窓口を整える作業は、経営者自身の相談先を確保する作業でもあります。抱え込む構造を会社の外に開いておくこと。それが、従業員のメンタル不調に向き合う経営者の、いちばんの土台です。
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まとめ
従業員のメンタル不調に対する経営者の役割は、気づくこと、働き方の条件を整えること、専門家につなぐことの三つです。病名を推測しない、声かけは事実と心配だけに絞る、ストレスチェック制度やさんぽセンターなど公的な土台を使う、休職と復職は医師の判断と手順で進める。そして向き合う側の経営者自身にも、相談の出口が必要です。気になる様子が続く場合は、本人にも自分にも、医師への相談を勧めてください。
出典
- 労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度(厚生労働省):常時50人以上の労働者を使用する事業場に年1回の実施義務。労働者数50人未満の事業場は、2025年の法改正により2028年4月から義務化
- 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」:メンタルヘルスケアの4つのケア(セルフケア/ラインによるケア/事業場内産業保健スタッフ等によるケア/事業場外資源によるケア)
- 産業保健総合支援センター(さんぽセンター)および地域産業保健センターによる無料支援
相談について
「今日一日」では、従業員のメンタルヘルスへの向き合い方や、職場の相談体制づくりについての相談をメールでも受け付けています(soudan@kyou-ichinichi.com)。診断や治療、個別の労務判断を行う場ではありませんが、制度の土台をどう使うか、相談先をどう分けるかを一緒に整理することはできます。


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