部下にも子どもにも「教えすぎ」だった社長

説明が終わる前に答えを言う

午後のオフィス。ビルは新人社員の机の横に立ち、書類の書き方を早口で説明していた。

ビル:「まずここを押して、次にこの欄。いや、その前に僕がやる方が早い」

ビル

僕がやる方が早い

ボブ:「新人が一度も触らないまま、書類が完成したぞ」

エビー:「これは研修なの? 社長の実演会なの?」

ビル:「間違いを防いだんだから成功だろう」

ボブ:「新人は次回、自分でできるのかな」

ビル:「次も僕が横に立つ」

エビー:「それだと永遠に付き添いが必要よ」

ビルは元証券マンとして、人に教える仕事にも自信がある。しかし教えるのが得意だという自負が強いほど、相手の手が止まる一瞬を我慢できない。子どもの英語の絵本でも同じだ。言葉を考えている途中で訳を教え、質問が終わる前に答えを与えてしまう。

教えすぎの正体

ビル:「だって正解が分かるんだよ。教えない方が不親切じゃないか」

エビー:「聞かれたときに助けるのはいい。でも考え始めたところで答えを奪わないで」

ボブ:「医者でも相手が何を訴えているか聞かずに結論を出したら困るよ」

ビル:「僕は親切のつもりだったんだ」

完成した仕事、育たない自信

ビルが席を離れたあと、新人は同じ書類を前に困っていた。どこから手を付けたらいいか覚えられなかったのだ。ビルは「今度こそ教える」と飛んでいこうとしたが、ボブが止めた。

ボブ:「まず何が分からないか聞こう」

ビル:「最初から全部説明した方が効率的だ」

エビー:「聞けば『途中までは分かっている』という答えかもしれないわ」

ビル:「全部知らない前提で説明してしまったのか」

ボブ:「教える人が知っていることと、学ぶ人が困っていることは一致しない」

エビーはビルの家庭の様子を聞いた。

エビー:「子どもが英語の絵本を見ているときは?」

ビル:「分からない単語がある前に、僕が意味を教える。発音も先にやってみせる」

エビー:「子どもがどの絵を見ているか、気づいている?」

ビル:「気にしていなかった」

ボブ:「部下の仕事でも、子どもの読書でも、『自分が答えを知っている』ことが先に立っていたんだね」

何もしないのも違う

ビルは急に両手を後ろに組んだ。

ビル:「分かった。もう一切教えない。質問されても無言で立っている」

エビー:「それは見守るじゃなく、置き去りよ」

ボブ:「困ったときには助けが必要だし、危険があれば止めなければならない」

ビル:「さっきまで教えすぎと言っていたのに」

エビー:「過剰な先回りと必要な支援は違うわ」

幼児期の教育に関する公的な基準では、子どもが自分から身近な環境に関わり、試行錯誤したり考えたりすることが重視されている。また、年齢や発達に応じて大人が環境を整え、必要な関わりをするという考え方が示される。だから「正しい答えを一切伝えてはいけない」という意味ではない。

ビル:「だったら相手が考える時間を持てるようにする。困ったときに助ける」

ボブ:「それなら必要な支援を残せる」

エビー:「黙る練習をする前に、相手の話を聞く練習ね」

博士がしたのは授業ではなく質問

シルクワーク博士がオフィスに現れ、完成した書類を見た。

博士:「仕事は進んでいるようだね。ところで、何を覚えたか本人に尋ねたかな」

ビル:「僕が手順を説明したので、分かったはずです」

博士:「説明したことと、相手が理解したことを同じにしてはいけない。次に自分で進められるかを確かめよう」

エビー:「『どこまでやってみたい?』『どこで困った?』と聞く方がよさそう」

博士:「そうだね。部下には責任範囲と必要な支援を明確にし、子どもには年齢や興味に応じた関わりをする。両者は同じ人ではないし、仕事の安全管理と家庭での読書は目的も異なる。ただ、一方的に答えを渡す前に相手の考えを聞くという姿勢には共通点がある」

シルクワーク博士

聞くことが先です

博士は、子どもの意見を年齢と発達の程度に応じて尊重するという公的な理念を示した。

博士:「相手が選ぶ機会を奪わないことだ。子どもなら読みたい本や気になるページを尋ねる。仕事なら、できる範囲を確かめて任せる。大人の都合のよい沈黙を『自立』と呼ばないように」

ボブ:「その人が考えるための情報は渡しつつ、結論を急いで取らない」

博士:「そうだ。『教えない』は知識を隠すことではなく、自分で考える余地を意識する関わり方として理解できる」

さらに、家庭での読書活動を支える国の計画には、子どもの視点に立った取組や家庭での読書習慣が示されている。これらの資料は、特定の英語メソッドの学習効果を証明するものではない。親や大人が関わり方を見直すための背景である。

ビル:「結論を先に言うのが社長の仕事だと思っていた」

博士:「社長自身が決めるべきことはある。しかし相手に任せて育てる場面では、何を支え何を待つかを選ぶ判断も必要だよ」

大人には「認定トレーナー」という入口

家庭の英語との関わり方を学びたい大人には、「ペアリド(教えない英語®)」の認定トレーナー資格という入口がある。一般社団法人ペアリド 英語ペアリーディング協会が展開する考え方で、声かけと読書(ペアリーディング)を通して、子どもが自ら学ぶ力や自己肯定感を大切にする。英語が得意でなくても、資格取得を目指せると案内されている。

認定トレーナーという入口

認定トレーナーは「スーパー国際人を育てる側」を目指す大人のための入口である。ここでいうスーパー国際人は、英語力に加えてコミュニケーション力、専門性、日本人としてのアイデンティティをあわせ持つ人という理念を指す。資格の取得や特定の教育成果が必ず実現するという保証ではない。

子ども向けには0〜6歳の親子を対象としたスーパー国際人クラブ、小学生〜高校生向けの一対一オンラインレッスンという別の入口もある。さらに、イベントを通じて教育に関心のある母親層に案内し、契約に至った場合に報酬を得る代理店制度も用意されている。資格と代理店制度は役割の異なる選択肢として考えたい。

紹介ページ:

https://www.reiwa-sogoshosha.com/service/pairead/

エビー:「知識を披露するより、どう関わるかを学ぶ資格なのね」

ボブ:「英語が得意かどうかだけで、子どもへの関わり方が決まるわけじゃない」

博士:「自分の得意不得意を知ったうえで、相手が考える機会をどう支えるか。その姿勢を忘れないことだね」

社長、今度は見守りすぎる

翌日、ボブがオフィスに入ると、ビルは新人の机から少し離れて立っていた。

ボブ:「今日は答えを先に言わないんだな」

ビル:「もちろん。相手が考えるまで待つ」

エビー:「でも何をしているの?」

ビル:「自分が口を出さない時間を砂時計で計っている」

新人が質問しようとすると、ビルは砂時計をひっくり返した。

ビル:「あと三分、僕は黙ると決めたから」

ボブ

砂時計は没収で

ボブ:「助けを求められたら答えろ!」

エビー:「今度は見守りをノルマにしてる!」

博士:「待つことも助けることも、相手の様子を見て決めようか」

人を育てることは、大人が正解をすべて先に配ることではない。しかし放任でもない。教える場面、尋ねる場面、待つ場面を相手に合わせて選ぶこと。ビルが気づいたのは、知っていることを見せる能力と、人の学びを支える能力は同じではないということだった。

出典

文部科学省「幼稚園教育要領」

こども家庭庁「こども基本法に基づくこどもの意見の反映について」

文部科学省「第五次子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」

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