若者よ本を読め、とスマホで投稿する
古いレコードが流れる昼のダイナー。ビルは新聞を広げたまま、スマートフォンで長い文章を打っていた。
ビル:「最近の若い者は本を読まない! このままでは想像力が育たないと、社員に伝えたい」

説教はスマホから
ボブ:「君はいま何を読んでいるんだ?」
ビル:「僕の投稿への反応だよ」
エビー:「新聞、逆さまだわ」
ビル:「情報収集はマルチタスクなんだ」
ボブ:「読むことについて説教する前に、一回その新聞を正しい向きに戻そう」
元証券マンのビルは情報の大切さを信じている。仕事では「読め、調べろ、考えろ」が口癖だ。しかしエビーが昨晩のことを尋ねると、ビルは目をそらした。
エビー:「家では何を読んだの?」
ビル:「ニュースの通知をたくさん」
エビー:「子どもと一緒に本は?」
ビル:「子どもには『本を読みなさい』と言った。そのあと僕はスマホで仕事をした」
ボブ:「言葉では読めと言い、行動では別のことを見せたわけだ」
ビル:「仕事の連絡は大事だろう」
エビー:「だから責めたいんじゃない。どうしたら一緒に読む時間を作れるか考えたいのよ」
読んだ冊数では測れない夜
ビルは社員へ「月に何冊読むか報告するように」と書いた通知を下書きした。
ボブ:「趣味の読書と業務上必要な資料を読むことは同じじゃない。まず会社の仕事に必要な情報が届いているか考えよう」
ビル:「社員が本を読まないから、僕が良い経営者になれない」
エビー:「それは他人に責任を移しすぎだと思う」
エビーは紙の本を開き、一行読んでみせた。
エビー:「全部読み切らなきゃいけないと思うと疲れる日もある。子どもと絵を見て『どれが気になる?』と話すだけでも始められそうね」
ビル:「一冊終わらないと達成感がない」
ボブ:「本を読む楽しさは、完読の数だけではないだろう」
ビル:「僕は途中で止まると負けた気がするんだ」
エビー:「ページ数に勝敗をつけるのは、ビルの得意な悪い癖ね」
調査が教えるのは、誰かを叱る理由ではない
公的な読書調査を読むと、ビルの説教の根拠が揺らいだ。2023年度の「国語に関する世論調査」では、全国16歳以上の回答者のうち、1か月に本を「読まない」と答えた割合が62.6%だった。これは子どもだけ、若い世代だけを対象とした数字ではない。しかも調査でいう本には電子書籍が含まれ、雑誌や漫画は原則として含まれない。

ビル:「六割以上? じゃあ全員に読書の義務を課そう!」
ボブ:「調査からその結論は出ない。人が本を読まない事情はそれぞれ違う」
エビー:「若い人だけの問題だと言う前に、大人自身の生活も見てみたいわね」
同じ調査では、以前より読書量が減っていると答えた人が69.1%で、その理由として情報機器に時間を取られるという回答も示された。ただし、この回答があるからといってスマートフォンが読書減少の唯一の原因だとは断言できない。
ビル:「スマホを没収すれば解決するかも」
ボブ:「大人の君から?」
ビル:「……僕のは仕事用だから例外で」
エビー:「自分だけ例外を作るから、説教になるのよ」
部屋の明かりを一つ変える
その夜を思い浮かべて、ビルは読書用の椅子を買おうとした。
ビル:「立派な椅子があれば、みんな本を読むはず」
ボブ:「椅子より時間の方が必要じゃないか?」
エビー:「子どもが興味を持つ本を一緒に選ぶのもよさそう」
ビル:「難しい英語の本を読めたら格好いいな」
エビー:「大人の見栄で難易度を決めないでね」
子どもの読書活動に関する国の計画では、家庭での読書習慣づくりや、家族で読む活動が重視されている。同時に、子どもの視点に立つことや、読書機会の確保も方針に含まれる。これは「親が読めば子どもも必ず読む」という保証ではない。家庭で本に触れる機会をどう用意するかを考える手がかりである。
ビル:「それなら今日の夜は、スマホの代わりに本を置いてみる」
エビー:「子どもが別の本を選んでも、まず一緒に楽しんでみたら」
ボブ:「本の題名を間違えても、すぐテストを始めるなよ」
博士は読書を宿題にしなかった
シルクワーク博士が現れると、ビルは反省文を取り出した。「読書しない若者について考えた結果、まず社長が本を読む」と書いてある。
博士:「よい変化だね。ただし社員や子どもへ読書を強制する理由に変えないことだ」
ビル:「でも、習慣にするには厳しく管理しないと続かない気がします」
博士:「大人が毎日取り締まるよりも、本人が選べる機会をつくることから始めてみよう。家庭で一緒に読む姿を見せ、気になったページの話を聞く。読み切れなくても、その時間を失敗と決めつけない」

強制ではなく機会を
ボブ:「特に小さい子どもには、年齢や関心に合う関わり方がありますね」
博士:「そうだ。幼児期の教育では、子どもが環境へ主体的に関わり、試したり考えたりすることが大切にされている。大人が読み方を一方的に教え続けるのではなく、一緒に言葉や絵を楽しむ余地がある」
博士は、こどもの意見を年齢や発達に応じて尊重するという公的な考え方にも触れた。
博士:「どの本を読みたいか、今日は読みたい気分か、子どもの声を聞いてみることだ。もちろん年齢に応じた支えは必要だが、大人の正解だけを並べなくてもよい」
エビー:「その本が好きな理由を聞くのも会話になるわ」
ビル:「読ませるという仕事を、一緒に読む時間へ変えるのか」
教えない英語「ペアリド」という選択肢
「ペアリド(教えない英語®)」は、一般社団法人ペアリド 英語ペアリーディング協会が展開する英語教育の考え方。親や教師が一方的に教えるのではなく、声かけと読書を通じて、子どもが自ら学ぶ力や自己肯定感を大切にする。英語の本に向き合うときも、先回りしてすべての意味を教えるのではなく、一緒に読んで関心を受け止めるという関わり方を重視する。
0〜6歳の親子を対象とした入口として「スーパー国際人クラブ」がある。小学生から高校生には一対一のオンラインレッスンもあるが、ここで注目したいのは、まず親子の読書を「正解を試す時間」にしないという発想だ。英語力に加え、コミュニケーション力、専門性、日本人としてのアイデンティティを併せ持つ「スーパー国際人」を目指すという理念も示されている。

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博士:「大切なのは、子どもと一緒に本を開き、言葉をやり取りできる時間をつくれるかどうかだね」
ビル:「僕も読書しない人を叱る前に、一冊開いてみよう」
ボブ:「ついに新聞も正しい向きになったな」
最後の読書報告
翌日のダイナーで、ビルは誇らしげに本を開いていた。
エビー:「読んでいるじゃない」
ビル:「もちろん。子どもにも『好きなページを見せて』と言えた」
ボブ:「それなら昨日より穏やかだ」
ビル:「ただし僕の読書時間を証明するため、スマホで一分ごとに写真を撮っている」

写真は1分ごと!
エビー:「スマホを置く話はどこへ行ったの?」
博士:「写真を撮る手を休めて、文章の続きを読もうか」
ビル:「そうすると記録が残らない!」
ボブ:「まず本の内容を残せ!」
誰かに本を読んでほしいと願うなら、最初に自分の行動を振り返る余地がある。本を読む人を優秀、読まない人を劣っていると分けるより、一緒に読んだ時間に何を感じたかを話せる方が、家庭にも職場にも豊かな会話を生む。
出典
文部科学省「第五次子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」
こども家庭庁「こども基本法に基づくこどもの意見の反映について」
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